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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)99号 決定

抗告人 山内志づゑ

相手方 松下繁松

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨並びに理由は別紙のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

抗告理由第一点について。

なるほど、原審判理由中抗告人指摘の部分の趣旨は明かでなく、前の財産分与の調停で、三〇万円分与の契約ができているということが、後の離婚等調停の際における慰藉料名義の三〇万円を、財産分与の性質をも有するものと解釈した理由の一つとなつているようにも見受けられ、若しそうだとすると、原審における抗告人及び相手方各本人の供述によれば、前の調停において成立した契約金三〇万円のうち一〇万円は契約当時支払われたけれども、残額二〇万円は未払のまま、間もなく右両名が再び結婚したことが認められ、特別の意思表示のない限り、その際右未履行部分については合意で契約が解除されたものと認めるのが相当であるから、前の契約の効力が、依然存続するものとして、その見解の下に、後の調停における三〇万円の金額の性質を判定したのは不当であるといわなければならないであろう。しかしながら前の契約の効力が、再度の結婚によつて如何ようになろうと、前の調停で一度三〇万円分与の契約が成立し、そのうち一〇万円が支払われたという事実自体は、経過的事情として、後の離婚等調停の際において、財産分与の額を定めるにつき、考慮さるべき事情となりうるものであるから、そのことは引いて後の離婚等調停において成立した三〇万支払の契約の性質を解釈するにつき、一つの資料となりうるものといわなければならない。しかして原審に掲げる他の理由と右経過的事実とを合せ考えると、右離婚等調停事件の調停条項にある三〇万円中には財産分与の性質をも含むものと解しえらるるから、原審判の終局の判断は正当であるといわなければならない。

抗告理由第二点について。

なるほど、昭和三十一年七月三十一日成立の離婚等調停事件における調停条項には、「慰藉料として金三〇万円を支払う」とあり、又「相手方住居に置かれてある申立人の身廻品、衣類、家具、布団及びその他の動産を引取る」と明記されているから、右調停条項を右文言のみによつて解釈する限り、右調停においては財産分与の取決めはなされていないものと見ることができるであろう。しかしながら調停条項の趣旨を解釈するに当つては、唯文言の文理的解釈のみによるべきものではなく、調停成立に至るまでの経過、殊に調停成立の際当事者が明示的又は黙示的に表示した意思をも斟酌して、合理的に解釈すべきものであると解すべきところ、今これを右離婚等調停事件について見るに、原審における証人嶋本喜一及び林マツヱの各供述及び相手方本人の供述の一部を綜合すると、抗告人は、右調停の際、調停委員に対し、単に慰藉料のみに限定せず、子供の養育費その他相手方と離婚するについての一切の解決金として、相手方に相当の金額の支払をなさせるよう調停を求め、調停委員も、その趣旨で相手方を説得し、結局相手方をして金三〇万円を支払い且つ抗告人が相手方の住居内にある動産類の一部を引取ることを承諾せしめたものであり、爾後抗告人は相手方に対し、如何なる名目によつても、金品を請求しない意思を暗黙に表示したものであること、右抗告人が引取ることになつた動産類は抗告人の固有財産ばかりでなく、抗告人と相手方が夫婦生活中に共稼ぎによつて購入した物件もあり、その価格も僅少のものではなかつたことを認めることができ、原審における抗告人本人の供述中右認定に反する部分はたやすく措信することができないから、敍上認定の事実と、原審判に掲げる抗告人が右調停を申立てるに至るまでの経過的事実とを合せ考えると、前示調停条項の文言の表現如何にかかわらず、右調停条項は、財産分与の性質をも含め且つこれにより離婚に伴う一切の財産上の関係を清算した趣旨のものであると解するのが相当である。

そうすると、抗告人は最早相手方に対し、財産分与を請求しえない筋合で、本件財産分与の審判請求は理由がないものといわなければならないから、これを却下した原審判は相当であり、抗告は理由がない。

よつて抗告費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 裁判官 大野千里)

別紙

抗告理由

一、原審判において抗告人の申立てた財産分与の申立を却下した主な理由は

1 申立人と相手方とは本件を含めて財産分与、離婚の調停事件が三件ある(その他に相手方が申立人に秘し離婚届をしたことが一件)が昭和二十七年(家イ)第一八号財産分与事件において一応財産分与の額と方法に調停が成立したことがあること

2 昭和三十一年(家イ)第一八号離婚調停事件においては

イ、相手方は申立人に対し慰藉料として金三〇万円の支払義務を認め昭和三十一年八月末限り支払うこと

ロ、申立人の身廻り品、衣類、家具、布団及びその他の動産は申立人は引取ること

の調停が成立したことをあげ、それによつて

ハ、前記2の調停条項には慰藉料三〇万円の外に夫婦共稼により得たる身廻り品その他の動産を引取ることになつたこと

ニ、前記1の調停において金三〇万円は財産分与の性質を有していたものであること

によつて、前記(ロ)、(ニ)の調停によつて成立した条項は財産分与の性質をも含むものでありこれによつて離婚に伴う一切の財産上の関係をも清算したものと認めるのが相当であると認定されている。

二、原審判に対する不服の点をあげると

1 昭和二十七年(家イ)第一八号事件に於ては一たん財産分与の調停が成立したことはあるが、その後間もなく夫婦関係を結び婚姻届をなし、調停条項は履行されることなく終つている。

(この事件は相手方が申立人に秘し勝手に離婚届をしたために起つた事件で無効な離婚届に原因するものである)

この事件の調停条項には「相手方は申立人に対し金三〇万円を分与し、金一〇万円を同日(昭和二十七年九月十二日)限り、金一〇万円を昭和二十八年九月十日限り、金一〇万円を昭和二十九年九月十日限り支払う」旨が定められているが、問題は

(イ) 一たん調停によつて定められた財産分与の定めは、その後再び夫婦関係を結び婚姻届をした後においても有効に存続するものであるか否か、

一たん財産分与を定めた後において再び婚姻届をしても、さきの財産分与の調停が有効に第二の婚姻関係にも及ぶものとすれば、第二の婚姻関係に第一の婚姻関係解消のために定めた財産分与によつて円満を欠く等の悪い結果を招くようなことはないか、財産分与の規定の趣旨に反することはないか、

(ロ) 或は財産分与ということは婚姻解消の都度定められることであるから、同一人が一度離婚し、再び婚姻し離婚する等婚姻と離婚が第一、第二、第三と存在する場合には同一人間の婚姻として一個の婚姻と見るべきではなく、一、二、三と各独立した婚姻と見るべきであるかということである。

これを本件について見るならば第一、第二の婚姻と離婚は各独立して存在するというのであれば昭和二十七年(家イ)第一八号財産分与調停事件において成立した調停は、その後申立人と相手方とが再び婚姻届をしても、それは第二の独立した婚姻であつて、第一の婚姻解消によつて成立した法律上の効果に何等影響を及ぼすものではない。

第一第二の婚姻が当事者を異にするときには右の如く解することは当然であるが、問題は本件の如く第一第二の婚姻ともに同一人である場合にも同一に理解すべきであるかということである。

(ハ) 原審判が「昭和二十七年九月十二日支払を約した金三〇万円は財産分与の性質をも有していたものであること」と説明しておられるが、この金三〇万円は「財産分与の性質をも」有していたのではなく、財産分与調停事件において、「金三〇万円を分与し」と定められたものであるから財産分与である。

ただこの財産分与が、その後間もなく再び婚姻し届出をした後においても第一の婚姻に対する財産分与として、今日なお有効に存続しているのか否かということである。若し第一、第二の婚姻関係が各独立して、その各婚姻解消に当り財産分与をなすべきものとすれば、本件に於ては前記昭和二十七年九月十二日以前の分については財産分与を求め得ないことになるので、再び婚姻届をした昭和二十七年十二月一日から昭和三十一年七月三十一日離婚までの間における婚姻についての財産分与を求めなければならないことになる。

原審判が昭和二十七年の財産分与の調停を考慮して決定されたのは右何れの意味であるか、或は右の如く解すべきであるとすれば民法婚姻並に離婚の規定の趣旨に反することはないか、民法財産分与の親定に一切の事情を考慮して定めるべき旨定められているのは右の如き意味であるか否か

2 昭和三十一年(家イ)第一八号離婚等調停事件において定められた調停条項は「相手方は申立人に対し慰藉料として金三〇万円の支払義務あることを認め-申立人の身廻り品その他を申立人が引取ることを相手方は承諾する」と定められている。

(イ) この調停条項については説明を加えるまでもなく、金三〇万円は「慰藉料」として支払うことの調停が成立したものであつて、分与財産の額を定めたものではない。夫婦の離婚に当つては慰藉料と財産分与の問題が各別に存在することであつて慰藉料を支払うときは財産分与はにれによつて当然解決するものではなく、また慰藉料の額に分与財産の額を含め財産分与を認めないとすることは財産分与に関する規定の趣旨に反する

(ロ) 申立人の身廻り品その他を「申立人が引取ることを相手方が承諾する」と定められたことは、申立人のものを申立人が引取ることを相手方が承諾することで、夫婦の協力によつて得た財産を分与することではない。

若しこのようなことで財産分与の請求が認められないことになるとすれば、離婚調停等においては余程注意して慎重に取扱わないと調停委員の不注意等によつて財産分与の請求権を失うような結果を生ずる恐れがある。

財産分与事件における前例を見ても本件の如く妻が自分の身廻り品等を引取つた例と異り、離婚に際し夫からミシン箪笥等を贈与した場合にも分与財産の額は別に決定されている。

以上の如く原審判は失当であるからこれを取消して財産分与を定められるのが相当と考え抗告に及びました。

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